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2013年8月23日

動き始める社会保障制度改革

社会保障制度改革国民会議は、8月6日、「確かな社会保障を将来世代に伝えるための道筋」と題する最終報告書を取りまとめ、同日、清家篤会長(慶應義塾大学塾長)から安倍首相に手交された。

報告書は、「社会保障制度の改革とは、制度の持続可能性に赤信号が点滅している現状に鑑み、将来に向けて制度の持続可能性を高め、その機能がさらに高度に発揮されるようにすることである」という考え方に立ち、そのうえで、以下を社会保障制度改革の方向性として提示している。

  • 高度成長期に確立した「70年代モデル」の社会保障から、超高齢化の進行、家族・地域の変容、非正規労働者の増加などの雇用環境の変化に対応した全世代型の「21世紀(2005年)日本モデル」の制度に変革する。
  • 「21世紀日本モデル」の社会保障は、すべての世代を給付やサービスの対象とし、すべての世代が年齢ではなく、負担能力に応じて負担し、支え合う仕組みとする。
  • 女性、若者、高齢者、障害者等働く意欲のあるすべての人々が働き続けられる社会を構築する。
  • 子供たちの支援は、社会保障の持続可能性・経済成長を確かなものにし、日本社会の未来につながるものである。そのため、すべての世代が連携して、すべての子供の成長を温かく見守り、支えることが出来る社会を構築する。
  • 雇用の不安定化が較差・貧困問題の拡大のつながらないよう、非正規雇用の労働者の雇用の安定や処遇の改善、被用者保険の適用拡大を目指す。
  • 認知症高齢者の増大、高齢の単身世帯や夫婦のみ世帯の増加等を踏まえれば、今後は、地域で暮らしていくために必要な様々な生活支援サービスや住まいが切れ目なく継続的に提供されることが必要。そのために、地域ごとの医療・介護・予防・生活支援・住まいの継続的で包括的なネットワークである地域包括ケアシステムづくりを推進する。
  • 子育て・医療・介護など社会保障の多くが地方公共団体を通じて国民に提供されていることを踏まえ、制度改革にあたっては、地方公共団体の理解が得られるような改革とし、国と地方がそれぞれの責任を果たしながら、対等な立場で協力し合う関係を築くことが必要である。

こうした改革の方向性を念頭に、報告書は、先ず、少子化対策分野について、すべての子供たちの健やかな成長を保障する制度を構築することを主眼に、認可保育所と幼稚園の一元化や小規模保育や家庭的保育の充実など幼児教育の質・量の充実を喫緊の課題として推進するとともに、消費税の増税分を財源とする「待機児童解消加速化プラン」の早期実施や小学校と「放課後児童クラブ」の連携などを通じて、待機児童問題の早期解消を図る必要があるとしている。

次に、医療分野について、報告書は、必要とされる医療の内容が、これまでの青壮年期の患者を対象とした救命・延命、治癒、社会復帰を前提とする「病院完結型」の医療から、高齢化の進展によって、慢性疾患による受療が多い、複数の疾病を抱えるなどの特徴を持つ老齢期の患者が中心となる中で、住み慣れた地域や自宅での生活のための医療、地域全体で直し、支える「地域完結型」の医療に変わらざるを得ないとしている。
日本は諸外国に比べて人口当たり病床数が多い一方で病床当たり職員数が少ないことが、密度の低い医療ひいては世界的に見ても長い入院期間をもたらしている。他面、急性期医療を経過した患者を受け入れる入院機能や住み慣れた地域や自宅で生活し続けたいというニーズにこたえる在宅医療や在宅介護は十分に提供されていない。こうした現状にかんがみれば、急性期医療を中心に人的・物的資源を集中投入し、入院期間を減らして早期の家庭復帰・社会復帰を実現するとともに、受け皿となる地域の病床や在宅医療・介護医療を充実させていく必要がある。

こうした医療供給体制改革の実現に向けた取り組みとして、報告書は、医療機能にかかわる情報の都道府県への報告制度(「病床機能報告制度」)の導入を提言している。次いで、報告制度により把握される地域ごとの医療機能の現状や地域の将来的な医療ニーズの見通しを踏まえ、その地域にふさわしいバランスの取れた医療機能ごとの医療の必要性を示す「地域医療ビジョン」を都道府県が策定すべきとした。
さらに、報告書は、医療・介護の連携について、川上に位置する病床の機能分化という政策の展開は、退院患者の受け入れ態勢の整備という川下の政策と同時に行われるべきものであり、また、川下における在宅ケアの普及という政策の展開は、急性憎悪時に必須となる短期的な入院病床の確保という川上の政策と同時に行われるべきものであるとして、そのためには、地域ごとの医療・介護・予防・生活支援・住まいの継続的かつ包括的なネットワークである「地域包括ケアシステム」の構築が必要であるとしている。
また、こうした地域包括ケアシステムの構築に向けて、2015年度からの第6期以降の介護保険事業計画を「地域包括ケア計画」と位置付け、24時間の定期循環・随時対応サービス、小規模多機能型サービスの普及、認知高齢者に対する初期段階からの対応や生活支援サービスの充実、介護予防給付を介護保険の給付対象から外し新たな地域包括推進事業に段階的に組み入れるなど各種の取り組みを推進すべきであるとした。

医療・介護サービスの供給体制改革の推進のために必要な財源については、消費税増収分の活用が検討されるべきであり、具体的には、病院・病床機能の分化・連携への支援、急性期医療を中心とする人的・物的資源の集中投入、在宅医療・在宅介護の推進、更には地域包括ケアシステムの構築に向けた医療と介護の連携、生活支援・介護予防の基盤整備、認知症対策、人材確保などに活用すべきであるとしている。

こうした供給体制の改革に加えて、報告書は、医療費や介護費の増加を抑えるための負担増も求めている。まず、限りある医療資源を効率的に活用するために、フリーアクセスの基本は守りつつ、大病院の患者は紹介患者を中心とする一方、一般的な患者は「かかりつけ医」に相談することを基本とするシステムの普及、定着が必要であり、そのため、紹介状のない患者の大病院への外来受診について、初再診料に一定の定額自己負担を求める仕組みを検討すべきであるとしている。
また、現在、暫定的に1割負担(法律上は2割負担)となっている70~74歳の医療費の自己負担については、新たに70歳になったものから段階的に2割負担とし、更に、所得区分ごとに自己負担の上限が定められている高額医療制度については、所得区分を細分化し、負担能力に応じた負担となるように限度額を見直すことが必要であるとしている。
介護保険制度についても、利用者負担割合が所得水準にかかわらず一律である現行制度を改め、一定以上の所得のある利用者の負担を引き上げるとともに、低所得者の保険料について、現在の軽減措置をさらに拡充すべきであるとしている。
さらに、財政難の国民健康保険の立て直しについて、報告書は、国保の在り方を「積年の課題」と位置付け、市町村が運営する今の方式をやめ、5年以内に都道府県に移すよう求めている。国保の都道府県への移管を円滑に進めるためには、国保の赤字の解消が前提となるが、国保財政の補強財源として消費税の増加分を充当するほか、保険者(健康保険組合、協会けんぽ、公務員共済等)が負担する75歳以上の医療費に対する支援金(後期高齢者支援金)の負担方式を現在の加入者の数に応じた計算方式から加入者の年収に応じた方式(総報酬割)に変更するよう求めている。結果として、大企業健保が負担する支援金が増え、それで協会けんぽの負担を肩代わりさせ、協会けんぽに充てている公費を国保支援に回すという考え方である。

最後に、年金分野の改革について、報告書は、今後の社会情勢の変化に対応して適時適切な改革を行っていくことは必要であるものの、基本的に年金財政の長期的な持続可能性は確保されていく仕組みとなっているという判断に立っている。基本的には現行制度を維持するという考え方であり、具体的な施策については、短時間労働者に対する被用者保険の適用拡大、厚生年金の支給開始年齢の引き上げなど現行制度の手直しにかかわる政策メニューを並べるにとどまっている。中所得層に税財源から給付する「最低保障年金」を柱とする民主党政権の改革案は完全に見送られた。

以上が報告書の概要であるが、国民会議が示した改革の方向性は、社会保障制度の持続可能性を高め、また、アベノミクスの成長戦略を支えるセーフティーネットを強化するという観点から適切であると評価しうる。しかし、それを実現するための具体的な施策については、喫緊の課題であるにもかかわらず先送りされてきた社会保障制度改革を今度こそ何としても実現しなければならないという強い使命感があってのことであろうが、消費税増収分を財源とした待機児童の解消や、病院・病床機能の分化・連携への支援、急性期医療を中心とする人的・物的資源の集中投入、在宅医療・在宅介護の推進、地域包括ケアシステムの構築に向けた医療と介護の連携など医療・介護の供給体制改革の推進、国保財政の補強など自民党政権が推進しやすい対策を盛り込む一方で、政治的に不人気な利用者負担増など給付の重点化・効率化策については、痛みを先送りする姿勢も見られ、将来世代にツケが回る可能性を残したものとなった。

安倍首相は、この報告を受けて、来年にかけてやるべき改革を法案として推し進めると語り、プログラム法案の骨子を今月中にも閣議決定して、秋の臨時国会に提出する考えを示したと伝えられているが、消費税増収分を先送りすることなく、出来るだけ早く改革に着手して欲しいものである。

大橋 善晃
モークワン顧問
日本証券経済研究所リサーチフェロー
日本証券アナリスト協会検定会員
(元日本証券アナリスト協会副会長)

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