政府は5月25日の経済財政諮問会議で、名目GDP 600兆円に向けた成長戦略の実現に向けた具体案を取りまとめて公表した。

具体案の中心となるのは、経済の成長力を高める施策である。情報通信技術で生産性を飛躍的に高める「第4次産業革命」で30兆円の付加価値を創出する。健康・医療分野の市場規模を16兆円から26兆円に拡大する。サービス産業の生産性向上で付加価値を343兆円から410兆円に拡大する。農地集約、農産品の流通構造改革など農業改革を通じて、6次産業市場の規模を4.7兆円から10兆円に拡大する。具体案は、こうした数値目標を豊富に盛り込み、2020年度までの名目国内総生産600兆円の実現を目指すとしている。

600兆円の前提となった成長率は名目3%超という成長率であり、13年度1.7%、14年度1.5%、15年度2.2%(速報値)にとどまっている過去の実績と比べるとかなり高い。日本が人材や設備を生かして得られる経済の底力である潜在成長力(潜在成長率)は0.2%程度に下がっている(日銀の試算によれば、2015年度上期の潜在成長率は0.23%)。名目GDP600兆円の達成に向けて、0%台前半にとどまる潜在成長率の引き上げが課題となる。

潜在成長率は中長期的に持続可能な経済成長率で、日本経済の実力に相当にするものとされており、労働力と資本ストック、生産性の3つの要素から推計する。日銀試算の潜在成長率は1980年代までは前年比プラス4%台で推移していたが、バブル経済の崩壊以降は資本ストックや労働時間の減少を中心にすう勢的に低下している。少子高齢化の進行による就業者数の減少も、潜在成長率の押し下げ圧力となっている。今後も労働力の増加は期待し難く、また、設備投資も、企業の期待収益率が伸び悩む中では、大幅な増加は見込みにくい。結局は、生産性の向上、つまりは技術革新が潜在成長率の上昇の鍵となる。この文脈において、幅広い分野で高い目標を掲げた具体案の積極姿勢は評価できる。

その一方で、企業が活動しやすいビジネス環境を整備し、民間活力を最大限に引き出す規制改革の多くは道半ばである。たとえば、労働生産性の向上のための雇用改革である。労働時間ではなく成果に対して賃金を支払う「脱時間給」制度を盛り込んだ労働基準法改正案は、昨年4月に国会に提出されたものの、まともに審議されないまま、今国会でも継続審議の扱いとなった。農業分野も、農協の組織改革は実施されたが、意欲のある農家への農地集約や民間企業による農業参入は、思ったほどの進展が見られない。企業活動のしやすさを示す世界銀行のランキングで、日本は先進国中34位にとどまっており(2016年)、先進国3位以内という目標には遥かに遠い。手続きの簡素化などの地道な規制改革が足踏みしている。

今回の具体策は、経済の供給力を高める施策を中心に据えた。しかし、成長には供給力向上だけでは力不足だ。需要のないところに生産性を高めても国内で物が売れるかどうかは見通せない。将来不安から、現役も高齢世帯も無駄な出費を抑えているのが消費不振の一因である。賃上げだけではなく、税金や保険料の抑制につながる医療などの歳出改革にも取り組まないと、可処分所得が増えず、消費に回らない。資産がある高齢者の自己負担引き上げなど、不人気政策への切り込みが課題となる。

安倍首相は、6月1日、消費税の税率10%への引き上げを2019年10月まで2年半先延ばしにすることを表明した。力を欠く個人消費、中国など新興国経済の落ち込みといった逆風を受けたとはいえ、増税を2度にわたって先送りする首相の責任は重い。消費増税の再延期によって、消費税増税を財源に少子化対策などの社会保障を充実する枠組みは事実上壊れた。高齢世代の増加で医療費や介護のコストは膨らみ、金利低下で公的年金の運用も苦しくなる。崩れる負担と給付のバランスにメスを入れずに社会保障制度を維持するのは一層困難になる。

これまで日銀が異次元緩和で稼いできた「改革のための時間」は生かされることなく、改革は滞ったままである。黒田総裁が引っ張る金融政策は余力が乏しく、大判振る舞いの財政出動に動く余裕もない。摩擦や軋轢を恐れずに改革を進め、将来に安定した経済と財政を引き継ぐという強い覚悟をもって構造改革を断行する。それが出来なければ、アベノミクスの先行きは危ういと言わざるを得ない。