安倍信三内閣が昨年6月に取りまとめた新成長戦略(「日本再興戦略」改訂2014)は、取り残した岩盤規制改革に一定の道筋をつけるとともに、日本経済の持続的な成長には、日本経済全体としての生産性を向上させ「稼ぐ力(=収益力)」を強化していくことが不可欠であるとして、会社や個人の生産性向上を後押しする姿勢を鮮明に打ち出した。

その一つとして掲げられたのが、コーポレートガバナンス(企業統治)の強化であり、「東京証券取引所と金融庁を共同事務局とする有識者会議において、秋頃までを目途に基本的な考え方を取りまとめ、東京証券取引所が、来年の株主総会のシーズンに間に合うよう新たに『コーポレートガバナンス・コード』を策定することを支援する」との施策が盛り込まれた。

これを受けて、平成26年8月、金融庁・東京証券取引所を共同事務局とする「コーポレートガバナンス・コードの策定に関する有識者会議」が設置された。有識者会議は、9回にわたって議論を重ね、本年3月5日、コーポレートガバナンス・コードに関する基本的考え方を「コーポレートガバナンス・コード原案~今後の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために~」という報告書(以下「本原案」という)に取りまとめて公表した。

今後、東京証券取引所において、必要な制度整備を行ったうえで、本原案をその内容とするコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)を制定し、本年6月1日から上場会社に適用することになる。

コーポレートガバナンス・コードは、法律ではないが、東証の上場会社向けのルールとして、会社にコードに沿った体制の整備を求めることになる。しかし、コードの制定がわが国企業の「稼ぐ力」の強化につながるかどうかは、経営者の取り組みに委ねられることになる。その意味で、コーポレートガバナンス・コードの制定は経営者が「稼ぐ力」を取り戻す、あるいは、一段と強化するためのインフラ整備として位置付けるべきものである。

本原案において、「コーポレートガバナンス」とは、「会社が、株主を始め顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組み」を意味する。これを踏まえて、本原案には、コーポレートガバナンス・コードとして、上場会社が実施すべき5つの「基本原則」と、それを具体化した「原則」および「補充原則」が盛り込まれた。

基本原則1は「株主の権利・平等性の確保」であり、「上場会社は、株主の権利が実質的に確保されるよう適切な対応を行うとともに、株主がその権利を適切に行使することが出来る環境の整備を行うべきである」としている。

基本原則2は「株式以外のステークホルダーとの適切な協働」であり、「上場会社は、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の創出は、従業員、顧客、取引先、債権者、地域社会を始めとする様々なステークホルダーによるリソースの提供や貢献の結果であることを十分に認識し、これらのステークホルダーとの適切な協働に努めるべき」であり、「取締役会・経営陣は、これらのステークホルダーの権利・立場や事業活動倫理を尊重する企業文化・風土の醸成に向けてリーダーシップを発揮すべきである」としている。

基本原則3は「適切な情報開示と透明性の確保」であり、「上場会社は、会社の財政状態・経営成績等の財務情報や、経営戦略・経営課題、リスクやガバナンスにかかわる情報等の非財務情報について、法令に基づく開示を適切に行うとともに、法令に基づく開示以外の情報提供にも主体的に取り組むべき」であり、「その際、取締役会は、開示・提供される情報が株主との間で建設的な対話を行う上での基盤となることも踏まえ、そうした情報(とりわけ非財務情報)が、正確で利用者にとって分かりやすく、情報として有用性の高いものになるようにすべきである」としている。

基本原則4は「取締役会等の責務」であり、指針の柱と位置付けられている原則である。取締役会等の責務として、本原案は、「上場会社の取締役会は、株主に対する受託者責任・説明責任を踏まえ、会社の持続的成長と中長期的な会社価値の向上を促し、収益力・資本効率等の改善を図るべく、(1)企業戦略等の大きな方向性を示すこと、(2)経営陣幹部による適切なリスクテイクを支える環境整備を行うこと、(3)独立した客観的な立場から、経営陣(執行役及びいわゆる執行役員を含む)・取締役に対する実効性の高い監督を行うこと、をはじめとする役割・責務を適切に果たすべきである」としている。

本原則に関して注目されていた独立社外取締役について付言すれば、原則4-7として「独立社外取締役の役割・責務」を具体的に提示するとともに、原則4-8として「独立社外取締役の有効な活用」を掲げ、「独立社外取締役は会社の持続的な成長と中長期的な会社価値の向上に寄与するように役割・責務を果たすべきであり、上場会社はそのような資質を十分に備えた独立社外取締役を少なくとも2名以上を選任すべきである」とする数値目標を掲げた。

基本原則5は「株主との対話」であり、「上場会社は、その持続的な成長と中長期的な会社価値の向上に資するため、株主総会の場以外においても、株主との間で建設的な対話を行うべき」であり、「経営陣幹部・取締役(社外取締役を含む)は、こうした対話を通じて株主の声に耳を傾け、その関心・懸念に正当な関心を払うとともに、自らの経営方針を株主に分かりやすい形で明確に説明しその理解を得る努力を行い、株主を含むステークホルダーの立場に関するバランスのとれた理解と、そうした理解を踏まえた適切な対応に努めるべきである」としている。

本原案には特筆すべき点が二つある。

その一つは、本原案に掲げられたコーポレートガバナンスの定義と目的である。上述の通り、本原案では、コーポレートガバナンスを「株主を始め顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組み」と定義しているが、この定義は、市場で株式を売買する投資家の期待に応えるための制度をガバナンスととらえてきた従来の基本スタンスを大きく変えるものである。

こうした認識の下で、本原案は、コーポレートガバナンス・コードの目的を「健全な企業家精神の発揮を促し、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を図ること」であり「会社に対してガバナンスに関する適切な規律を求めることにより、経営陣がリスク回避に偏ることなく、健全な企業家精神を発揮しつつ経営手腕を振るえるような環境を整えること」であるとしている。

さらに、本原案は、コーポレートガバナンス・コードが、市場における短期主義的な投資行動への懸念(短期投資家の要求に応えることで会社の短期主義が助長されていることへの懸念)が指摘される中で、中長期の投資を促す効果をもたらすことも期待している。市場においてコーポレートガバナンスの改善を最も強く期待しているのは、それが実を結ぶまで待つことが出来る中長期保有の株主であり、こうした株主は、市場の短期主義化が懸念される昨今においても、会社にとって重要なパートナーとなり得る存在である。コーポレートガバナンス強化に向けた会社の取り組みは、こうした株主(機関投資家)とのスチュワードシップ・コード(注)に基づく「目的を持った対話」によって、更なる充実を図ることが可能であり、その意味で、この二つのコードは、いわば「車の両輪」として、実効的なコーポレートガバナンスの実現を後押しすることが期待されている。

二つ目は、本原案において、原則主義が貫かれていることである。会社のとるべき行動について詳細に規定する「ルールベース・アプローチ」(細則主義)ではなく、会社が各々の置かれた状況に応じて、実効的なコーポレートガバナンスを実行できるよう、いわゆる「プリンシプルベース・アプローチ」(原則主義)が採用されている。

プリンシプルベース・アプローチの意義は、一見、抽象的で大掴みな原則(プリンシプル)の趣旨・精神を、関係者が確認し、互いに共有したうえで、各自、自らの活動が、形式的な文言・記載ではなく、その趣旨・精神に照らして真に適切であるか否かを判断することにある。

また、原則の適用については、「コンプライ・オア・エクスプレイン」(原則を実施するか、実施しない場合には、その理由を説明するか)という手法を採用している。本原案の原則(基本原則・原則・補充原則)の中に、自らの個別事情に照らして実施することが適切でないと考える原則があれば、それを「実施しない理由」を十分に説明することにより、一部の原則を実施しないことも想定されている。

こうした原則主義がその真価を発揮できるのは、原則を実現するために企業経営者が工夫し、新しい慣行を生み出した時である。コーポレートガバナンス・コードを「稼ぐ力」の強化に結び付けることが出来るかどうかは企業経営者の双肩にかかっている。

(注)スチュワード(steward)とは執事、財産管理人の意味を持つ英語。スチュワードシップ・コードは、金融機関による投資先企業の経営監視などコーポレートガバナンスへの取り組みが不十分であったことが、リーマン・ショックによる金融危機を深刻化させたとの反省に立ち、英国で2010年に金融機関を中心とした機関投資家のあるべき姿を規定したガイダンス(解釈指針)のこと。我が国においては、平成25年6月の「日本再興戦略」を受けて金融庁によって設置された「日本版スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会」の検討を経て、平成26年2月に「『責任ある機関投資家』の諸原則《日本版スチュワードシップ・コード》」が策定・公表され、実施に移されている。法的拘束力に縛られない自主規制であるが、コンプライ・オア・エクスプレイン(Comply or Explain)として、各原則を順守するか、順守しないのであればその理由を説明するよう求めている点が特徴となっている。

大橋 善晃
モークワン顧問
日本証券経済研究所特別嘱託調査員
日本証券アナリスト協会検定会員
(元日本証券アナリスト協会副会長)