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2015年8月5日

労働者派遣法の改正

安倍政権が岩盤規制と看做す労働法制見直しの柱である労働者派遣法改正案が6月19日の衆院本会議で可決された。しかし、安保関連法案の審議の影響もあり、参院での審議入りが遅れ、7月30日にようやく参院厚生労働委員会で審議入りした。政府は当初8月上旬の成立を見込んでいたが、成立は8月末から9月上旬にずれ込むとみられている。
一方、労働法制見直しのもう一つの柱、労働基準法改正案については、いまだに審議入りのめどがつかないため、政府としては、審議入りはさせるものの、今国会での成立は断念し、継続審議として秋の臨時国会で成立させる意向のようだ。

今回の労働者派遣法改正案のポイントは、「派遣事業の健全化」および「より分かりやすい派遣期間規制への見直し」である。

現行の労働者派遣事業は、「特定労働者派遣事業」(届出制)および「一般労働者派遣事業」(許可制)の二本立てとなっている。特定労働者派遣事業というのは、派遣元と雇用契約(有期雇用契約を含む)を結んでいる労働者(常用雇用労働者)だけを労働者派遣の対象として行う労働者派遣事業であり、これまで、主としてIT業界や製造業においてこの制度が採用されてきた。一方、一般労働者派遣事業は、特定労働者派遣事業以外の労働者派遣事業をいい、例えば登録型派遣や臨時・日雇の労働者派遣事業がこれに該当する。改正案は、「派遣事業の健全化」を目指し、現行の特定労働者派遣事業と一般労働者派遣事業の区別を廃止して、一般労働者派遣事業に一本化する(つまり、すべての労働者派遣事業を許可制とする)としている。

また、現行制度においては、専門業務等のいわゆる「26業務」(注1)には派遣期間の制限がなく、それ以外の業務については最長3年の期間制限が設けられている。改正案は、より分かりやすい制度とするために、この区分を廃止し、新たに次の制限を設けるとしている。
① 事業所単位の期間制限:派遣先の同一の事業所における派遣労働者の受入れは3年を上限とする。それを超えて受け入れるためには過半数労働組合等からの意見聴取が必要。意見があった場合には対応方針等の説明義務を課す。
② 個人単位の期間制限:派遣先の同一の組織単位(課)における同一の派遣労働者の受入れは3年を上限とする。
つまり、今回の見直しでは、従来「同一業務では最長3年」としていた制限を、「同一の組織単位における同一労働者は最長3年」とする個人単位の期間制限を導入、あわせて、「同一事業所では最長3年」という事業所単位の期間制限を導入したわけである。

ただし、次に該当する労働者派遣については、派遣先は、派遣元から、派遣可能期間(3年)を超える役務の提供を受けることが出来る。
  • 派遣元と無期雇用契約を結んでいる労働者(無期雇用派遣労働者)
  • 雇用の機会の確保が特に困難である派遣労働者であって、その雇用の継続等を図る必要があると認められるものとして厚生労働省で定める者
  • 事業の開始等のための業務であって一定の期間内に完了することが予定されている業務等に係る労働者派遣
  • 当該派遣先に雇用される労働者が休業する場合等における当該労働者の業務に係る労働者派遣

また、事業所単位の期間制限については、過半数労働組合からの意見聴取を条件に、同一事業所で派遣可能期間を超えて派遣労働者(同一労働者は不可)を受け入れることが可能である。

派遣労働は、あくまで一時的で臨時的な働き方であり、今回の改正においても、「厚生労働大臣は労働者派遣法の運用に当たり、派遣就業が臨時的・一時的なものであるとの考え方を考慮する」として、労働者派遣の位置づけを明確化している。それにもかかわらず、派遣先の意向次第で、派遣可能期間が過ぎても別の派遣労働者であれば引き続き同一事業所で同じ仕事をさせることが出来る今回の改正は、ある業務が派遣社員の「ポスト」として定着する、あるいは、「派遣の固定化」につながる危険性が高いと指摘する声が少なくない。

こうした問題点をかかえる法改正の背景には、経済界からの要望がある。企業の現場には、人件費を一定額で固定したい職務が存在する。経験によるスキルアップなどが必要とされない労働などである。こうしたポストに正社員を配置すれば、仕事の生産性にかかわらず、待遇は年齢とともに上がっていく。こうしたポストに派遣社員を充て、コストを一定に保ちたいが、そのためには現行法の3年という上限がネックとなるというわけである。

さらに、現行の専門26業務については、その他の業務と同様に、3年の期間制限が課せられることになり、最長3年で雇用契約を打ち切られる、いわゆる「雇い止め」が常態化して、転職を繰り返さなければならなくなることが懸念されている。その一方で、企業側から見れば、この改正によって、高いスキルを持つ派遣労働者も安いコストで使えるようになる可能性が高くなる。

今回の改正の趣旨について、厚生労働省は、「派遣労働者の一層の雇用の安定、保護等を図るため」としており、そのために「全ての労働者派遣事業を認可制にするとともに、派遣労働者の正社員化を含むキャリアアップ、継続雇用を推進し、派遣先の事業所等毎の派遣期間制限を設ける等の措置を講ずる」としている。しかし、全ての労働者派遣事業の認可制への移行、派遣期間規制の見直しが必ずしも派遣労働者の雇用の安定、保護には繋がらないことはすでに見た通りである。

改正案は、雇用安定措置(雇用を継続するための措置)として、同じ仕事で3年経った派遣労働者について、派遣元に対し、①派遣先への直接雇用の依頼、②新たな就業機会(派遣先)の提供、③派遣元での無期雇用など、雇用安定のための取り組みを義務付けている。しかし、こうした雇用安定措置は、義務とはいえ、派遣元企業にいわば丸投げされた形であり、それが派遣労働者の雇用の安定・保護につながるかどうかは派遣元企業の対応の如何にかかっている。

こうしてみれば、今回の労働者派遣法の改正は、「派遣労働者の雇用の安定、保護を図るため」に行うものであることを標榜しつつ、実体的には、安倍政権の成長戦略の柱である「日本の稼ぐ力を取り戻す」ために、わが国企業の生産性向上を後押しすることを狙ったものであり、その見返りとして、派遣元企業に雇用安定措置への取り組みを義務付けたものと理解すべきであろう。

(注1)専門26業務とは、業務を迅速かつ適確に行なうために専門的知識や技術などを必要とする業務、または特別の雇用管理を必要とする業務として、派遣法施行令第4条で定められた26業務のことをいう。専門26業務は、派遣受入期間の制限を受けない。この専門26業務には次の業務が含まれる。①ソフトウェア開発、②機械設計、③放送機器等操作、④放送番組等演出、⑤事務用機器操作、⑥通訳・翻訳・速記、⑦秘書、⑧ファイリング、⑨調査、⑩財務処理、⑪取引文書作成、⑫デモンストレーション、⑬添乗、⑭建築物清掃、⑮建築設備運転・点検・整備、⑯案内・受付・駐車場管理等、⑰研究開発、⑱事業の実施体制等の企画・立案、⑲書籍等の制作・編集、⑳広告デザイン、㉑インテリアコーディネーター、㉒アナウンサー、㉓OAインストラクション、㉔テレマーケティングの営業、㉕セールスエンジニアリングの営業、㉖放送番組等における大道具・小道具。

大橋 善晃
モークワン顧問
日本証券経済研究所特別嘱託調査員
日本証券アナリスト協会検定会員
(元日本証券アナリスト協会副会長)

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